シリーズ「かるたでめぐる太子町」では、筒井完次さんの「切り絵でめぐる太子町郷土史かるた」を解説しています。
太子町の歴史や史跡を紐解くこのコーナー、先週は「か:春日仏師(かすがぶっし)が建立(こんりゅう) 春日神社(かすがじんじゃ)」をご紹介しました。
本日は「か」に続き、「き」のかるたである「伊達弥十郎記念碑」の句を解説します。
「き:記念碑(きねんひ)に残る伊達弥十郎(だてやじゅうろう)」
「切り絵でめぐる太子町郷土史かるた」の「き」の読み札は、「き:記念碑(きねんひ)に残る伊達弥十郎(だてやじゅうろう)」です。
絵札には、伊達弥十郎の旧屋敷跡が描かれています。
屋敷である旧家は切り絵にて白黒のカラーで表現されていますが、実際に屋敷跡を見ると白い道路と黒い住居に見えることから、忠実に再現されていることが分かります。
筒井先生のかるたはカラフルな絵柄が多いので、このモノクロの絵札は大変貴重な1枚ではないでしょうか。
そして、かるたの説明書きには以下のように解説されています。
「伊達弥十郎は山田字大道の庄屋であった。土地を集会所に供出するなど村人の人望が厚かった。正泉寺門前に建てられた記念碑にはその功績が刻まれている。」
伊達弥十郎記念碑
竹内街道沿いにある「しもの地蔵尊」のすぐ上に「伊勢弥十郎記念碑」が建っています。
伊達弥十郎は江戸時代に生きた人物で、太子町で庄屋を務めていました。そして、仙台藩祖である伊達氏の子孫ともいわれています。
伊達弥十郎記念碑へのアクセス
名称 | 伊達弥十郎記念碑 |
住所 | 〒583-0992 大阪府南河内郡太子町山田 |
アクセス | バス停「孝徳天皇陵前」で下車後、 徒歩約2分 |
地図 |