推古天皇陵に行ってみた

大阪府太子町には日本最古の女帝である推古(すいこ)天皇の眠るお墓があります。
太子町山田の南端にある墳墓は、東西59メートル、南北55メートルの大きな大方墳です。

田畑の広がるなか、そこだけ木々が生い茂る神秘的な場所です。

この推古天皇陵と聖徳太子墓、敏達、用明、孝徳天皇の五つの皇陵が梅の花のような形に配置されていることから、この太子町の陵墓群は「梅鉢御陵」とも呼ばれています。

推古天皇陵

大阪府太子町山田にある推古天皇陵には、彼女の遺言によって先に亡くなられた竹田皇子と一緒に葬られました。
そのため推古天皇陵は東西に長い三段築成の長方墳ですが、内部には2つの横穴式石室があると考えられています。

坂を上るとすぐ先が推古天皇のお墓です。

宮内庁が管理しており、柵があるため中へ立ち入ることはできません。

この日はとても天気が良く、青空に推古天皇陵の木々がよく映えていました。
敷かれた玉砂利がとてもきれいに整備されており、とても静謐な空気を感じさせます。

推古天皇

推古天皇は日本の第33代天皇で、593年に即位されました。
日本史上最初の女性天皇であると同時に、女性天皇の中では最長寿、最長在位です。
確かな記録が残っている最古の天皇とされています。

聖徳太子を摂政として政治を行ったことでよく知られているのではないでしょうか。
政治家としてもとても有能で、遣隋使を通じて大陸の先進的な制度や文化、芸術を積極的に吸収する姿勢は素晴らしいものがありました。

推古天皇は628年4月15日に75歳で崩御されたのち、大阪府太子町山田にある磯長山田陵(しながのやまだのみささぎ)に葬られました。

行き方

近鉄長野線「喜志駅」から金剛バスに乗り換え、「推古天皇陵前」バス停で下車し、南へ200mほど歩くと、歩道のわきに「推古天皇 磯長山田陵」という石柱が見えてきます。この坂道を登った先が、推古天皇陵です。