つっついっちさんは、太子町山田にある古民家の前に「軒下ギャラリー」を管理されています。
太子町内外の歴史や文化に造詣が深く、太子タウンにも以前寄稿をしてくださいました。
前回の寄稿とは、「雛人形の源流と思い出」です。
雛人形のはじまりから、つついっちさんが最近出会った「龍寺の流し雛」のお話を聞かせて頂きました。
そして、2度目となる寄稿は、「古い日本家屋について」がテーマです。
典型的な古い日本家屋や、大和棟の特徴についての寄稿を全2回にしてお届けします。
本日は、太子町にある日本家屋(屋外編)です。
太子町にある典型的な古い日本家屋(屋外編)
まずは、太子町にある古い日本家屋を写真つきで見てみましょう。
写真は、「大道旧山本邸」、「筒井完次邸」「旧三浦邸」「旧田中邸」の順にご紹介します。
日本の伝統的家屋についての考察(屋外編)
日本の伝統的家屋に心を寄せる海外の専門家は多いです。
奈良県から、河内地区に分布する大和棟(やまとむね)もその一つです。
その伝統的な姿を維持するのは難しく、近頃は、その姿を消しつつあります。
その有様を「日本人は宝石を捨てて砂利を買っている」と指摘した建築専門家もいます。
河内側の大和棟(やまとむね)の代表格は、羽曳野市の吉村邸です。
それでは、大道地区の筒井邸を参考にして、典型的な大和棟の特徴を、見てみたいと思います。
大和棟にもいろいろと形があるようです。
上記の写真のものは、河内地区に分布する様式になるようです。
藁葺き茅葺などの草葺きの急勾配の屋根に、漆喰壁があり、その壁の上に、急勾配の草葺き屋根があり、その横に甍葺が入ります。
その急勾配の屋根の脇に、緩やかな落屋根があり、そこに煙出しのやぐら屋根がつきます。それらの屋根の下に庇の屋根がつきます。
緩やかな勾配の落屋根の下に、土間、シモミセ、竈などがあり、土間は、表玄関から、家を貫き、裏に通じていて、農作業の延長として家の中があります。
表玄関入るとすぐに上を見上げると、天井が大きく開けられていて、梯子で天井裏にあがることができるようになっています。
写真の天井裏は、現在の台所の上で、昔は竈の上になっていました。
まるで、合掌造りのようにもみえます。
玄関入るとすぐの天井口の中も同じような造りになっています。
この屋根は、緩い勾配の落屋根の裏になります。
次回、【古い日本家屋について(筒井邸)】のお知らせ
次回は、【つっついっちさん寄稿】古い日本家屋について(筒井邸)をお届けします。
太子町山田にある古民家「軒下ギャラリー」は、筒井邸でもあります。
その、伝統的家屋である筒井邸宅の室内を特別に公開してくださいました。
次回の【つっついっちさん寄稿】もぜひお楽しみに♪